1994年から鮎の友釣りを始めました。
師匠はいません。鮎釣りの本を読んで,始めました。一人でもはじめられます。

難しい・難しいといわれていますが,渓流釣りのように1日頑張って釣れるかどうかというのと,一人での釣行はあまりにも危険過ぎるのとを考えたら,鮎釣りはのびのびと1日やれそうで始めたのがきっかけ。鮎釣りを始めたら止められないからやりたくないというひとがおりますが,私に言わせれば止められないから面白いのでは。
麻薬にはまったら人間駄目になりますが,鮎釣りに限らず趣味に没頭できるものほど,自分自身輝いているときはありません。そのときに得られる快感が麻薬のような効果が(麻薬はやったことないのでわかりませんが)得られるからだと思われます。うまく説明できませんが,その快感とは瞬間に得られる緊張と緩和でしょうか,または偶然と必然性を期待できるからだと思います。
人生限られているんだから,大いにはまっても良いじゃないかと思います。年をとってからはできません。釣りを甘く見ていてたらいけません。かなりの体力と精神力を必要とします。

はじめた初日の釣果は3尾でした。最初の1尾を手にしたときは何と奇麗な魚だと思いました。いまでもその時のことは忘れられません。それと,今まで川で触ってきた魚のにおいがまったく違っていたのです。魚というと生臭いものだと思っていましたが,スイカやキュウリのような匂いなのでこれまたびっくりです。
それ以来全てが楽しくなったのです。

ハマレバはまるほど人生観が変わります。これは友釣りをやったひとでないとわかりません(自分だけかもしれませんが)。

釣り大会などに参加してますが,予選をクリアできません。まだまだ修行です。皆ベテランが多いのでいろんな人の釣りかたなどの参考にもなります。数釣ってどうする?云々言われる方もおられるでしょうが,これも自分自身に対する満足度の違いですので,さらっと流してください。
今までの自己最高記録としては,1996年のマミヤ・OPジムニーカップ地区予選・上桂川で5位でした。(1996年の雑誌「つりのとも」9月号に掲載されています)。
毎年の平均釣果は20尾前後/日です。年間約40日の釣行で700〜900尾くらいの釣果です。
年々釣りが難しくなってきているように感じます。
天候不順,冷水病などいろいろと言われていますが,今後どうなっていくのでしょうか。

1999年はノストラダムスの予言がどうなるのか,それを見届けられるのは凄い時代を通過してるんだなと思いつつ,7月をむかえ報知アユ釣り選手権(地方予選)通過でき最高の年でした。
全国大会ではコテンパンにやられましたが,大勢の名人と釣りができたことは今後の僕の釣りに何らかのプラスになったような気がしました。
年間釣果も1000尾以上も達成できたこともラッキーでした。ただ,上桂川は盛り上がりに欠けたことが残念です。

2000年は1500尾を目標にしていたが初期の有田川の不調と上桂川の魚影のバラツキで釣果は伸びなかった。
しかし,後期の有田川で自己最高記録の89尾の釣果が得られてホッとしている。
競技会ではマスターズの地区予選の1回戦をクリアできたのも大きなことでしたが,2回戦では満足の行く釣りが出来なかったことに未熟さを感じた。
別の意味で,インターネットで知り合えた方々と釣りが出来たことも良い刺激となって,より友釣りが楽しめたように思えた。

2002年は和歌山各河川ではここ10年来の遡上良好とあって解禁から期待されていたが5月の渇水と水温低下などの要因?か最悪の解禁となったようである。上桂川では平均20尾の釣果であったがポイントむらが著しく偏っていたようです。厳しくなっている状況の中ある程度の釣果を稼げるようになったのはポイントの選定や引きずり泳がせやべた竿の泳がせなどの釣りが少しできるようになったことだと感じている。

2005年で友釣り歴12年となってしまった。昨年(2004年)の台風の多さで良い時期に釣りができなかったことは残念だったが,今年は何とか良い時期に釣りができ釣果を稼げた。また,ダイワ鮎マスターズブロック大会出場,三桁達成,総釣果過去最高と自己記録更新の年でもあり満足。来年も期待したいところだが,いろんな条件が大きく関係してくるので...


競技会ダイジェスト
◎1999 第30回報知アユ釣り選手権・オーナーカップ全国大会出場
◎2001 第19回スポニチ鮎名人戦全国大会出場
◎2001 第3回優友遊アユ釣り大会優勝
◎2001 第1回有田若鮎倶楽部オフ会鮎釣り大会優勝
◎2002 第2回有田若鮎倶楽部オフ会鮎釣り大会優勝
◎2003 第3回有田若鮎倶楽部オフ会鮎釣り大会優勝
◎2005   ダイワ鮎マスターズBブロック大会出場

...17Nov2005